くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

冒険物は大抵山間部から始まる

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小説を読んでいると、主人公が冒険を始める場所は大抵山間部だ。たまに港から始まる物もあるけれど、もしかしたら私が偏っているだけかもしれないけれど。大抵、山の中のひ弱な主人公が徐々に徐々に海に向かって、さらに海を出て大冒険する。

 

つい最近では進撃の巨人なんかもそのパターンになってしまった。あの街を山間部と呼ぶかどうかは人に寄るが、海から離れていることには間違いない。

魔女の宅急便は海の外に行きます、みたいな物語パターンにはならなかったけれど、田舎から出てきたのは海辺の街だ。

ナルニア国物語でも最後ではなかったけれど、最初から海が出てきたわけではない。獣の奏者も物語の後半から海の存在が出てきた。

 

海辺は交流の中心になるせいか、港町と呼ばれて発展する。東京都も大阪府も海が近かった。京都は離れているけれど、それでも海がない訳ではないし、鎌倉なんて海が目の前だ。

 

冒険させるにあたって、主人公の障害は多い方が物語は面白い。そうなると、海から出発させるよりは、たしかに山中から出発させた方が障害が多くなるし、それをどうやって乗り越えるか描くのも楽しくなる。

 

では、現実ではどうなのだろうか。世の中を動かすような重要人物や、ヒーローのような人達はみんなどこの生まれ育ちが多いのだろうか。

 

日本の近代史でいうと、高知やら鹿児島やら、やっぱり海辺が気持ち外界と近いような場所から始まっている。鹿児島はユーラシア大陸はもちろんだけれど、琉球王国とも近い。やっぱり多様な文化に触れることがその後の制覇権を握る鍵となっているのだろうか。

日本を色々めぐると分かるけれど、東京から同じ距離、いや飛行機を使う分距離は東北の方が近いかもしれないのに、東北と九州を比べてしまうと、どうしても様々な面で違いを感じてしまう。

雪の問題もあるかもしれないけれど、向こうは台風だ。比べられる物でもないし、それぞれに工夫の余地だってある。そうでなければ北欧の国はあんなに発展できない。

 

多様な物に触れること、振り返るとそのことがこれからの変化のキーワードとなりうる可能性がとても高いのに、そこに手を出さない人間もまたまだまだ人間なんだなとも思う。

科学の進歩に人間が追いつけなくなる日も以外と近いのか。