くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

おばあちゃんのまんじゅう

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黄金色の稲が刈られて、秋が深くなると田舎では大抵収穫祭がやってくる。

その時期には木の実とかきのことかもいい感じに採れる時期で、お小遣いを切らした子どもはアケビのツルを探して歩き回る季節だ。

あんまり奥に行き過ぎないように、行き過ぎたときのために熊よけの鈴を腰につけて歩いたりもした。親からのお守りのようなものだった。

 

収穫祭の当日、こどもはたくさんのおやつをもらうことができる。かっぱえびせんみたいなスナック菓子は、ちょっと遠いスーパーまで親と車で一緒に行って、かつお小遣いも潤沢じゃないと買えない代物だったから、そういうおやつがもらえるこのお祭りは子どもにとって、天国のようなお祭りだった。

 

そしてこの時期になると、わたしのおばあちゃんは必ず私にまんじゅうやら芋堅干やらのお菓子をくれた。

この時期以外はお菓子をくれたことがなかったし、お小遣いも滅多にくれない、今時の孫をかわいがるおばあちゃんとはかけ離れたおばあちゃんだったけれども、秋の収穫祭の時期だけは、お祭りでお菓子を配る風習を知って知らずか、お菓子をくれた。

 

大抵もらって持ち帰って、母に報告した後にそのまま母に回収されて、ちょっとずつ食べていくことになるのだが、その日は違った。

 

収穫祭が近づくある日、私はおばあちゃんからまんじゅうをもらった。それも6個入りの箱でもらった。1個や2個ならともかく、6個でしかも箱入りとなると、これは親にすぐにでも一言報告しなければという気持ちになった。

 

箱を持っていくと、母は困った顔をしてそしていつものようにまんじゅうの箱を奥にしまおうとしていた。

しかし、6個入りの箱だ。私は一個くらい今食べても良いか、母に尋ねた。

 

「あんた、ずっと気がついていないみたいだけど、そろそろ言うわよ。おばあちゃんがくれるお菓子はいつも賞味期限切れだよ」

 

そういっておまんじゅうの箱を見せられた。賞味期限が2、3日切れてるぐらいなら別に構わない、そういう気概で見たのだけれども、なんと期限は1年前。

さすがに口にする勇気が出なかった。というか、箱を開ける勇気もわいてこなかった。

 

思えばいつももらったお菓子はすぐに母に渡していたので、後から食べることが多かった。小さい私がお菓子をもらって喜んでいる姿を見て、こっそり期限が切れていないお菓子と交換してくれていたようだ。

 

おばあちゃんは私が嫌いだったのだろうか。

 

賞味期限が切れているものを渡すなんて、どこの嫁姑いびりだ、と思うくらいには本を読んで知識を得ている年齢だった。

 

おばあちゃんが私のことが嫌いかどうかをそのままにしたまま、私は成長しておばあちゃんに会う暇もないくらいになった。

 

その間、おばあちゃんとお母さんが何か揉めているところなんて見たことがないし、おばあちゃんも特段会わなくなったからといって私に連絡を取ってくるようなこともなかったので、おばあちゃんは近くに住んでいるはずなのに、遠いところにいるような感覚で、私は育っていった。

 

そして大学を卒業する頃、おばあちゃんが亡くなった連絡を受けた。卒論で忙しい時期だった。実の祖母のはずだが、特別呼ばれず、メールで連絡が来た。

 

両親と祖母との確執はその後、話に聞いたが、おばあちゃんが孫の私にどんな感情をもっていたのかはよく分からない。あのおまんじゅうは1年の賞味期限が切れていたけれど、その場でもらって食べて、美味しいものもあった記憶がある。

本当にたまにだったけれども、お金をもらったこともある。

 

おばあちゃんは私のことがきらいだったのか。秋の収穫祭が近づいて、まんじゅうをみかけると、私はいつも思い出して、考えてしまう。