くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

自立して生きていきたいと思う最近

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最近、国のバカヤロー

といった類いの主張を多くネット上で見る気がする。ネットは基本的に匿名だし、普段バカヤローとか言えない人でもバカヤローって言えるから、私が思っているよりも気軽な、手軽な言葉なのかもしれない。芸人でもよく言ってる人多いし。

 

私は多分、愛国心が強い方ではない。かといって、愛国心が全くない訳ではない。着物とか浴衣は好きだし、見たり着たりするときれいだなって思うし、大事にしたいとも思う。国産の野菜をなるべく買いたいとも思うし、みそと米がなくなったらとても悲しい気持ちにもなると思う。

けれども、日本の少子化問題に対して、日本の状況を考えれば人口が増えた方が良いんだけど、世界規模で見たら人口がこのまま増えすぎると、人類が人類の手で滅びんじゃないかと思うし、そういう視点で見ると、戦争とかでなく平和的に人口が減少しているのは、案外いいんじゃないかとも思う。日本人って民族が少なくなっても、日本を愛してくれる人が多ければ問題ないんじゃないかな、みたいな。

 

とはいえ別に普段からそういう主張をしているかと言われればそんなことはなくて、たまに友達ときちんと手順を踏んだ議論の場になった場合のみ、マナーに気をつけて発言をする程度だ。

 

そんな私だけれども、国のバカヤロー

という発言を冷静に見たときに、それって本当に国なのか。という発言もあるかもしれないと感じる最近だ。

 

 

例えば最近身近な物でよく聞くのが、離婚後の養育費問題。日本の男性の逃亡話はびっくりするくらいたくさん聞く。もちろん女側がどうしようもないやつって場合もあるけれど、大体女の方が肝が据わっていて、子どもつれて逃げるように分かれるパターン、日本の母子家庭の多さからもなんとなく想像してしまう。

(メモ:全然データまだみてない、勉強不足だ。ちゃんとデータ見てみよう)

 

そんなんで、国のバカヤローって叫んでいる人がいるけれど。国よりも先に、夫にバカヤローって言って欲しい。言ってたのかな。

 

もちろん、日本という国のシステムで納得できないところはたくさんあるし、そこすぐ改善できるでしょ、みたいな部分たくさんある。アホだろって思うシステムもあるし、まだそんなの残ってたの?みたいなシステムもある。

 

けれども、国は神じゃない。あくまで私達が選挙で選んだ、人達や、その人達が積み重ねた仕組みで採用された人達に寄って作られた物で、勝手に想像された全知全能の仕組みではないのだ。

 

そう考えたときに、国のバカヤローって本気で言ってる人って、相当国に思い入れあるし、国をすんごく信頼してたんだな、って思う。

 

良い意味で、国に頼らない、というか依存しない、信用しきらない、という姿勢って生きる上ですごく大事な気がする。

今、国が国民に依存(借金とかすごいし)しているから、国民側も国に依存してしまうのかもしれないけれど、国から自立していないと、何かあったときに全て国のせいにしてしまう人ばっかりになってしまう。

もちろん国のせいにするのが悪いことだとは思わないし、そんな生き方も一つの生き方なんだと思う。

 

ただ、それって結構リスキーかなと思う。

自立をしていないと、いつも誰かに頼ることになって、結果自分で自由に選択できる幅が減ってしまう。

それは人だけに限らなくて、国っていう単位でもあると思う。

 

 

インターネットも発達して、田舎でパソコンを持っていなくても、携帯で検索もできるし今はスマホを持っている人も、すんごい田舎に行っても増えてきた。

義務教育で中学までは学をもらえる保証がある。日本でだけで生きようとしたら、まだまだいろんな福祉面が足りていないんだろうけど、最悪生きる、ということにしがみつくのであれば、国を出たって良い。そうやって東南アジアにいく人も今増えているし。

 

いつか国という単位が、私達が今思っているような国という単位は200年、300年後には変わっているかもしれない。

 

もちろんそこまで生きるのは冷凍保存でもしないと不可能だけれど、藩主や王様に頼りきりだった世界が、もっと自由な人達で増えてきた訳だから、そんな世界になるかもしれないよね。