くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

いつまでも成長したいと思って、大切にしたいこと

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ー自分より若い人を尊敬しなくなったら、自分の成長は止まる気がした。

 

社会に出ると、年配であればあるほど何でも正しくて何でも尊厳ある、そんな風が吹く場所がたくさんある。そういう場所はその対もあって、年少であればあるほど何でも正しくなくて尊厳もない、という風も一緒に吹いている。

 

年配の方の意見は貴重だ。昔話の姨捨山のように、お年寄りには知恵があって私達が思いつかなかった解決方法を提示してくれることもある。

姨捨山の話では、国に降り掛かった災難をある青年が解決していく。その青年は、王様の信頼を得て、最後にこういうのだ。こうした災難の解決方法を教えてくれたのは、私の年老いた母であると。年老いた人間は重労働はできないが、こうして私達に知恵をくれる、と。

 

現代においてもそういう話しはたくさんあって、私も職場で経験豊富なお姉様方に助けて頂いた経験がたくさんある。

そういう時はこうすれば上手くいくよ

あのことならこの人に聞くのが一番良いよ

この勉強ならこの本が詳しいよ

私も後輩ができたら、こうして知恵のおすそ分けをたくさんしたいな、と思いながら仕事に励んだ。

 

けれども、そうでない人ももちろんいた。やたらと若いんだから、とぶっちゃけ今のご時世セクハラで訴えたら勝てそうな案件スレスレのこともあった。

飲み会の場であっても、そういう人の意見をどうぞ、は自分の意見に賛同してくださいという隠語であることも学んだ。

その後、そうでない年配の人に、意見をきちんと述べるよう嗜められ、まず出会った年配の人が意見を述べられてもいい人かどうか、見極める必要があることも学んだ。

 

 

けれど、ふと大学時代をふりかえって、これは社会だけの現象ではないことに気がついた。

そうだ。いた。そんな先輩。

大学1年生や2年生の子に対して、やたら偉そうな先輩。見てくれも良くて、お酒もタバコもできて、なんとなく大人に見えちゃうから気がつかなかったけれど、冷静に今考えてみれば、お前何様だよっていう先輩はいた。

 

そして全然そんなことはなくて、後輩からも学ぼうとする先輩もいた。

そんな先輩はかっこよくて、偉ぶろうとする先輩よりもなんだか余裕があって、一歩も二歩も先に行っているような、そんな風が吹いていた。

 

社会に出てから助けてくれたお姉様の1人もそういえば言っていた。私にはない考え方をkuroyanちゃんからもらってるって。

私なんかが、と当時は思っていたけれど、きっと先輩はそうやって自分にない物を一生懸命取り込もうとしていたんだ。

自分が後輩と接して、この子がもってる文化を自分に取り込みたい、と思った想いは、きっとお姉様のそれを一緒だったんだ。

 

成長が止まっても良い、そう思っている人はそれでも良いんだと思う。

けれどもずっと心の中に焦燥感がこもったまま、一歩、二歩先に言っている人に対して嫉妬したり、社会に対して悪口を言い続けるんだと思う。

 

私はそんなことに、せっかく自分がもらった命の時間を消耗させたくないな。どうせなら、楽しい気持ちと嬉しい気持ちにあふれた人生にしたい。

そう思うと、成長をすること、はやめられないしやめたくない。

 

あのお姉様のように、若い人を尊敬し続ける人になりたい。