くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

黒染めを強要した教諭に心から感謝したい

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headlines.yahoo.co.jp

いつかの日記にも書いたけれど、私は地毛が茶色い。髪も日本人にしては細い方で、程よい染まり方だね、とよく言われるし、地毛です。と答えると羨ましがられる。

 

中学校は平和だった

物心ついた頃には良い色だね、と言われるようになった。だから中学校に入学するときには緊張した。少女マンガで髪を染めた子が怒られている絵はたくさんみてきたし、大抵の小説でも髪を染めている子は注意指導されるのが定番だ。

幸い緩い上に人数も少ない田舎の中学校だったせいか、最初の面談で地毛かどうか聞かれた後は特に何も言われなかった。小学校で水泳をやっていて塩素に使った髪に加えて、中学では外の部活に入ったら日に焼けてどんどん茶色くなった。

何かあったらお母さんが先生に言うから、という母の言葉は心強かったし、極力まじめに過ごすように心がけた。

勉強も部活も優等生で過ごした結果か、本当に何事もなく卒業した。

 

次の壁、高校では

高校もなんだかんだ平和だった。同じく外の部活に入ったから日に焼けて茶色くなっていったけれど。

勉強は中の中か調子がいい時で中の上。授業は真面目に受けて課題も真面目に出す。部活も熱心に取り組んだ。さらに読書好きで図書館に通い詰める。運動部員でなく文学系の部員に間違えられるくらい髪の毛以外の風貌は地味だったと思う。

入学当初に体育のちょっと厳しい女の先生が地毛かどうか聞いてきたり、担任の先生も確認をしてきたけれど、地毛だと答えてからは特に何も言われなくなった。

母はやっぱり、何か言われたら証言するわよ、と言ってくれていて、心強かった。

何事もなく三年間が過ぎ、無事卒業することができた。

 

そして大学生。事件はここで起きた。

高校を卒業したら、もはや髪の色が何色かなんて関係なくなると思っていた。大学にはたくさんの留学生。その子たちは金から赤までカラフルだったし、何より普通の日本人学生でシルバーとか緑とか青とか。教授も突っ込む様子もない。

就活が来ても、地毛の髪の色で落とすような会社は多分これから生き残れないし、本当に日本で就職できなかったら外国に行こう。くらいに思っていた。

中学、高校とこの地毛で大丈夫だったから、教員もアリかもしれない。

 

事件は一年生の夏に起きた。

教員免許を取るために、教育実習の事前プレのような学校研修授業があった。小学校、中学校へ直接授業を見学しに行って、レポートを提出する。

教育実習プレということで、多分服装とか、学校でのマナーとかを一年のうちから慣れさせようっていう授業だったんだと思う。これを取らないと単位は出ない。

事前に学校に行く前の注意事項説明会は至って普通だった。服装やメイクの注意等、就活セミナーを前倒ししているような感じだ。

特に中学校に関しては先方の校則に準じるために、染めている学生は地毛に戻すように通達された。

校則は原則、生徒が生徒総会で定めたものということで、生徒が決めたことはこちらも守って入りましょう、という趣旨だったと思う。

金髪だった友人は染め直しにいくお金がもったいないと、黒髪スプレーを頭にかけて当日は来た。若干不自然な感じはするけれど、黒いことに変わりはない。

ただ体には悪そうだ。

服装はリクルートスーツに黒い鞄。一年生にして就活準備はばっちりだ。

 

小学校では何事もなく無事終わったのだが、中学校はそういかなかった。

授業見学が終わり、最後の講話を聞くために大きな教室に移動する時、実習プレ担当の先生に私は呼び止められた。

他にも呼び止められたのか、集められている学生がいた。何十人もが一斉にみて移動している中で、いよいよ言われた。

「大学で指導があったはずなのに、その髪色はなんだ」と。

呼び止められたメンバーには明らかに染めたものをごまかしている子もいて、その子は神妙な顔で反省していた。

 

私は自信を持って言った。

「これは地毛です。両親に確認を取ってもらっても構いません。私は一度も染めたことがないです」

他にも同じような子が、私もです。と続いた。一人じゃない安心感も生まれた次の瞬間、全員が凍った。

「地毛でも関係ありません! 生徒の前で恥ずかしいですよ。次からは必ず黒く染めてきなさい!」

生徒に怒るのと同じくらい、大きな声で、同じように見学に参加した大勢の学生が歩く廊下で、中学生たちが見ている前で、怒られた。

私を含め、地毛と言っていた人達は言葉を失った。

そして申し訳ありません、と一言言って講話へと足をすすめた。

 

ショックだった。何を言われたかよりも先に、とても大勢の前で大きな声で怒られたことにまず驚いた。

これと様々な経験がついて、この先これくらいのことでは動揺しなくなるんだけれど、当時はとても動揺したことが記憶に残っている。

しかし、だんだんと冷静になればなるほど、頭の中が混乱してきた。

 

真面目にやっていても、私は中学校の先生になることができない。

真面目にやっていても、私は否定された。

 

アンクルトムの小屋も読んだし、シンドラーのリストも観たけれど、この事件の後からの方がマイノリティの痛みがすごく分かった気がした。

ただ何をする訳でもなく、ただ真面目に過ごしていても否定される。それも自分にはどうしようもないことで。

 

もちろん黒く染めることはできる。役者さんとか、それが必要な仕事でなりきるために仕事の一部となるのであれば、自分もやりたいと思うだろうし、多分納得できる。

けれども、本当に必要なのだろうか。

黒くなければ普通ではない。

黒くなければ教壇に立てない。

黒くなければ、優秀じゃない、というのだろうか。

 

今は落ち着いたが、当時はとても落ち込んだし、自分の将来について悩んだ。

そして日常からそういう目に晒されている人の強さを尊敬した。

 

そして先日、あのニュースが流れた。

女子高生が地毛を黒染めすることを強要されたことについて訴訟するという件だ。

 

タイトルから誤解されそうだけれど、私は女子高生には涙が出るほどに感謝するのと同時に、その教諭にも感謝したい気持ちがわいた。

 

差別やマイノリティの居心地の悪さ、というのは空気のようだからだ。

私は大学生に至るまで、自分の地毛がお墨付きを頂かないと生活できないことに対して、言葉にできない居心地の悪さは抱いていたけれど、分かりやすく攻撃してくる人はいなかった。

もちろんそれは幸せだったのだけれど、何か釈然としないものがあった。

マイノリティも認める判子を押したからはいどうぞ、と言われているようで、なんでお前の判子が必要なの?と言いたいような、でも相手が何の疑問も悪気も抱いていない、そんな状況だった。

許可が出て普通に生活ができてしまえばそりゃあ文句もない。平和だ。

でもそれでいいのかな、というひっかかりだけがずっとあった。

そして大学生になって、他の中学校に行って、初めて攻撃された。突然のことで、びっくりしただけで、私は戦わずに逃げてきたけれど。

その後は別の中学校で実習を無事に終えることができたし、職業として選ばなかったからそれ以上戦うこともなかった。

 

あの黒染めを強要した教諭は、私達が戦うためのお墨付きをくれたようにも思う。こんなにも分かりやすく。空気じゃなくて、ちゃんと存在させてくれた。問題を空気からちゃんと固形にしてくれた。

ありがとう。これでやっと戦える。問題が世間の俎上にやっとのった。

 

私は戦う女子高生に全力でエールを送りたい。