くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

学校がいらない、と思う派に対する考察

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最近ネットサーフィンをしているとみかける、「学校なんていらない派」

意見に対する賛否両論はあるかと思いますが、個人的には彼らが言っている事や、彼らの生きている世界が面白いな、と思い、彼らを観察してみました。

 

◯「学校なんていらない派」は自分の頭で考える力が早期にあった人達

「学校なんていらない派」の人達の主張によくあるのが、好きな事や大人になれば理にかなっていてやらなくてもいいようなことを、先生に強要されて嫌だった、という思い出。

これは「学校なんていらない派」の人達が、比較的早期から、自分の頭で考える力があった何よりの証拠なんじゃないかな、と思いました。

「自分の頭で考える事」ってすごく大事だけれど、発達の状況なんかで自己認識ができるかどうかっていう年齢はかなり人によってバラバラ。

早い人は幼稚園くらいでできているし、遅い人は中学生になってやっと、という人だっている。

そしてちょっと遅めな人、を救い出してくれているのが先生だったりもするから、いちがいに「学校全部いらない」とは私は現段階では思えなかったりします。

 

◯「学校なんていらない派」の多くは、中規模もしくは大規模都市出身っぽい

っぽい。というのは、そういう一派な人達の言動や、プロフィールからの推察にすぎない、という意味です。

が、「学校なんていらない派」の多くは大体中くらいの町レベルから大都市にいたっていう人が多いな、という印象があります。

これは、都会で人が多ければ多い程、集団で行動しなければいけない場面が多く、何かを強制させられたり、守らなければいけないルールが多かったせいなのかな、とも思いました。

すごい田舎であればあるほど、人数が少ないゆえに、雪が降ったら授業止めて雪合戦しようぜ、みたいなことがはじまる、みたいな環境で、あんまり縛られた教育を受けた、という思い出がない人が多いように思います。

逆に学校がないと、同い年くらいの子達との出会いというのは一切なく、そういう意味で私にとっては、同年代の子が何を考えて生きているのか知る場所、としてとても有効な場所だったな、とも思うのです。

また、学校の先生というのは自分の田舎地域の外を色々知っている、かつ身近に話しを聞き出せる貴重な大人であり、そういう人の話というのも子どもの頃は貴重でした。特に若い先生なんかは人気。だって、自分と近しくて、当時の最新機器のことも一番詳しいし。

そして田舎の学校というのは、海外青年協力隊に行っていたため、ちょっと教員休んでました、みたいな、多分教育界的にはアウトローな存在になった人達が流されてくることが多いようで、海外経験が多い先生が多かったのも、面白かったなあ、と思います。

ま、この辺の出会いは、大規模・中規模都市で生まれ育っても、運の要素が強いのかもしれませんが。

 

 

 

ちなみに私は、最終的には学校はいらない方がいいんじゃないか、学校がなくてもいいような仕組みが作れたらいいんじゃないか、そして学校に行くか、学校に行かないかが自由に選べる状態ができたらいいな派です。

(一昔前は、高校進学ってそうだったと思うけれど、今や全員行くの当たり前になった世の中だもんね。高卒資格がないと就職できない企業がほとんどだし。そういう圧力がなくなればいいな、と思う。頭いい人は中卒でも頭よくて、起業して立派に社長やってたりするし。その方がよっぽど経済も回るしいいよね。そして自分の好きなタイミングで学校に行ける世の中になったらいいな)

 

 

正直こいつ学校いらなかっただろって人もいれば、学校というシステムに救われた、みたいな子もいるわけです。

下を救うだけになるのではなく、上位の子も救いたい(下の子に合わせてばかりだと本当にトップレベルに勉強ができる子って我慢ばかりさせられてかわいそうだな、と思う場面もあります)、と思う気持ちは、色んな人に出会う中で私にも芽生えた訳ですが、「学校というシステムに救われた」側の子たちは、「正直こいつ学校いらなかっただろ」側の子達よりも、命の危機に直面する場合が多い、というのもまた印象としてあります。

命の危機、というのは家庭の問題であったり、本来それ学校の先生が助ける場面じゃないよね?という問題の多くを、学校の先生が力になって解決したり、助けに入っていたりする例も少なくないようなのです。

で、やっぱり命の危機は問題としては、とても重たく見えてしまう。

 

 

そういったことを考えると、やっぱり必要に応じて、世間体を気にせず選べる、という環境が一番贅沢だし、目指すべきところなのかなあ、と思ったりします。