くろやんの日記

思考・映画・ごはん・旅・自転車・読書・ライフハックのメモ帳ーPersistence makes me.

自分の環境を客観的に捉えたい

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こんにちは5月。気がつけばあともう1ヶ月で日記が1年続いているということになります。最初は3日坊主を恐れていたのに…積み重ねって大事ですね。

 

さて、ひ孫。

自分の環境を客観的に捉える事できてる?

 

って突然聞かれても、ナニソレって思う人が大多数だと思います。というか突然聞かれたらびっくりしますね。

でも、仲良くなった友達とは話したいテーマでもあったりします。というか、これができている人は高確立で「嫉妬」「過度の羨ましがり」「できないよ光線」を発信してこない人だからです。

 

 

自分の環境を客観的に捉える、が、何を指すのかというと、自分自身が置かれている現状を、客観的な数値で示した場合、自分は社会でどんな立ち位置にいるのかを知る、というのが一つあります。

例えばこの時代で言うなら、偏差値。賛否両論色々ありますが、一つ学校的な勉強をする能力値が日本人という平均の中でどの辺なのか、というのを知る一つの数値です。

あと社会人であれば年収とか、自分が働いている業界、その業界の市場規模。

その世代における年収に対する自分の現在位置。

 

 

数字から目を逸らしている人の中にも、自分の幸せを見つけて、自分の人生を自分の足で生きている人はいますが、割と少ないです。

主観ですが、アウトドア系(キャンプ好き、登山好き)など自然と対峙することを趣味としている方が、「割と少ない」中の多数を占めているような気がします。なんでしょう。自然と向き合う時間が長いせいか、各種方面でたくましいし、なんか仙人みたいです。

 

 

 

数字に目をつけていても、それに対して分析をせず、落胆したり喜んだりしている人は、正直微妙です。「嫉妬」「過度の羨ましがり」「できないよ光線」を発信してくる可能性がものすごく高いです。

「嫉妬」も「羨ましい気持ち」も「できないかもと思う事」も、自己との対話の中で使ったり、過度になりすぎなければちょっとは必要な人生のスパイスだと思います。

けれども、友達に対して使いすぎると、素敵な友達は逃げて行くでしょう。それは、その態度も、それだけでは美味しくないし、やりすぎれば相手を嫌な気持ちにからです。

 

「嫉妬」ばかりの人と一緒にいると、エネルギーを吸い取られて行くようで、いつしか自分も他人に対して文句ばかり言うようになってしまいます。

そしていつも、自分の人生を誰かの生にしてしまう癖がついてしまいます。

 

「羨ましい気持ち」これは時にすごく大事。これはある意味向上心の源でもあったりしますが、誰かと比べての「羨ましい気持ち」ばかりだと、本当に自分が欲しかった物や自分がやりたいことを見失います。

六本木でステーキを食べるのも美味しいけれど、山の山頂で自分の足で運んだ肉を自分で焼いて食べるのも美味しいです。

「羨ましい気持ち」ばかりだとどちらかに偏ったり、本質的に何が自分にとってよかったのか、ということを見失います。

 

「できないよ光線」たまには大事だし、もしも自分がイケイケどんどんタイプだったら、友達に一人は必要なタイプです。というのもたまには冷静に自分を見直す事も人生において大事だからです。

ただし、「できない」とばかり言って、どうすればできるか、ということを一切考えない人の隣にいるのはしんどいです。エネルギー吸い取られます。

 

 

というわけで、自分の分析をしている友達は大事にした方が良いよ。

さらに、自分自身の出生であったり、ルーツなんかをきちんと捉えている人は、親や親戚とのいろいろも乗り越えた人。ここまでくると、かなり強い。

 

 

というわけでひ孫。自分自身の分析をすることを怠るなかれ。